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DATUMS 1998.02
フットワークとネットワークがNPO
 ―青森NPOと地方分権への道:パートナーシップの実例から


有谷 昭男  青森NPO推進フォーラム代表世話人

■ありや あきお
 1942年、青森県の名川町生まれ。東京で広告代理店勤務の後、八戸市に企画デザイン会社を設立。地域活動団体八戸コミュニティボード事務局長、八戸地域デザイン協会長、青森NPO 推進フォーラム代表世話人。


  1997年10月22日、青森県野辺地町役場前、町長はじめ、県行政、町行政、そして町民が集う。京都会議(COP3)への「列島縦横エコリレー」のスタートを取材せんと、地元テレビ、新聞社をはじめ中央のマスコミ陣が見守る。
  出発式を経て、9時、いよいよ京都に向かって東北太平洋コース(日本で最初)がスタート。町長自らも自転車ランナーとなって手を振り、先頭を切った。それから1ヶ月有余、各県それぞれに引き継がれ、11月30日、京都市役所に、エコリレー自転車が集結、京都パレードは 600人にもふくれ、地球温暖化京都会議に大いなるアピールをしたのだった。
このエコリレーの青森県ルートを総合プロデュースしたのは、「市民団体」という立場の有志である。これまで毎年実施してきた「アースデイ」の志と、このテーマが重なり、予定もしなかった大イベントに取り組んでしまった。
  担当する市町村だけでも32市町村があり、このすべての市町村と関わりながら、協賛金とエコメッセージを受け、しかも、各役場をリレー訪問し、記念写真も撮ろうという、広域企画にふくらましていた。しかも、一般道を3日間走り、岩手県へリレーするというハードスケジュール。時間的、物理的に冷静に計算すれば、この計画は、かなり無理があり、受け入れられなかったかもしれない。現に、市町村や企業はもちろんのこと、これまでのボランティア団体、労組でも、誰も手をあげることがなかったからだ。
  結果は、為せば成るで「この指止まれ!」の事務局運営を発信すると、連合、労組、地域団体、個人ボランティアが次々に参加の表明があり、予定通り32市町村からそれなりに協力が得られた。そして、半分近くの市町村長が激励の挨拶と記念写真におさまってくれ、京都会議への成功を!宣言してくれた。これは、活動テーマ「地球温暖化防止」という公益活動テーマであることに起因するが、何といっても、この具体的企画と、責任管理、そして運営において、きめ細かくネットワークしたからに他ならない。
さて今日、日本社会における、産、官、学体制は、市民提案、要望に対して、前例主義と年度計画主義で断ることが多い。地方における最大の経済セクターである行政にそっぽを向かれたら、運動や事業は細々とならざるを得ないところがある。
その為に、多くの場合、主導権を行政に委ねるケースとなる。しかし、私はその肝心な企画と運営は「市民」が担当しなくては意味がないと思う。この部分をサポートしてこそ、NPOの存在がある。
  地方のNPO活動は、そういう意味ではまだ始まったばかりであるが、動き出すと早いのも地方人。もっとダイナミックな市民活動が一気に噴出してくると予想される。前述の事例を見て、その確信がある。
  青森県は今年、文化観光立県を大発信する。観光立県を唱えていたこれまでの、多くの他県に対し、遅れ挽回の奇策とも取れそうだが、そうではない。この「文化」というキーワードをつけるところは、正に時代の変革を意味する。
  中央経済的な豊かさではかる時代から、しっかりと地方の歴史、文化、生活、そして人間を見つけ、大いなる交流をしようということなのだと、私は理解している。そして、よく言われる「地方分権の受け皿があるのか」の問いに、YES!と肩の力を抜いて答える自治体、そしてNPOがあちこちで見えてきた。今や市民が民主主義を支える時代に突入していることの証だ。
  私のNPO活動の中に、この隠れていた「緩やかな時間」「自然空間」を両軸にしようというコンセプトがある。あらゆるこれまでの自主的市民活動は、この時間、空間に志を解き放して関係するものだろう。NPO活動は「生活」であり、「生きがい」である。

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