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DATUMS 1998.02
民主化の政治勢力としてのNGO

原後 雄太  国際環境アナリスト

■はらご ゆうた
 1958年東京生まれ。東京大学法学部卒。J.P.モルガン資金部マクロ経済アナリスト、世界自然保護基金(WWF)インターナショナル熱帯林保護担当官、米国フォード財団環境部などを経て、93年に日本・ブラジルネットワーク(JBN)を設立し現代表。ブラジル、ボリビアなどの南米諸国で植林や自然農業の普及などの社会開発、先住民支援事業を実施している。著訳書に『熱帯林の冒険』(洋泉社)、『サラワクの先住民』(法政大学出版局)、『アマゾンには森がない』(実業之日本社)、『アマゾンの畑で採れるメルセデスベンツ』(築地書館)など。


  ブラジル女性と結婚して昨年3月に家族3人で帰国するまで、わたしはブラジルとボリビア奥地を舞台に7年間生活しながら、環境保護活動にたずさわってきた。93年にブラジルや日本の大学教授や都市銀行系シンクタンク研究員らとともに、環境保全と社会開発にかかわる非営利団体、いわゆる環境NGOを立ちあげた。その設立をはさんで91年から3年にわたって住み着いたのがボリビア国境に近いアマゾン奥地であった。
  ブラジルに発つ前、私はWWFインターナショナル(本部スイス)という国際的なNGOの熱帯林保全担当官を務めていた。熱帯林を保全するための調査研究をしたり、政策を提言するのが職務だったが、ひどく隔靴掻痒のもどかしさを感じていた。熱帯林を保全することが職務なのに、自分は熱帯林に触れることもなく、そこに住んでいる人たちとの接触もないという不満感だった。そして飛び込んだのがアマゾン奥地でのNGO活動だった。
  そこで見たのは、NGOというひとつの「政治勢力」の台頭である。ブラジルでは1964年から85年まで軍事政権が続いた。それから今日までの民主化の流れ振り返ってみると、NGOの果たした役割はじつに大きい。「NGOが民主化運動を支えている」、というか「民主化とはNGOの出現とその活動を指す」とまで言えそうだ。
  NGOとは、強権的な社会システムのなかで虐げられてきた、ブラジルの土地なし農民やストリートチルドレンなどの貧困層、先住民、女性、さらには将来の世代(つまりは自然環境)といった社会階層の利益を代弁し、その権利の保全と伸張を通じて公正な社会を構築しようとする「民主化運動」とシノニム(同義語)なのである。
  ボリビアでは、NGOとはいわば「陰の内閣」であった。多党制のもとで政党が乱立し、政権交代も激しい。選挙で特定の政党や政治勢力が敗退すると、閣僚ほか高級官僚たちの多くはどこに流れていくか。なんとNGOなのだ。
  この国では国内のみならず海外からも実に多くのNGOがさまざまな分野で活動している。政権から放り出されると、農業や林業、環境保全などの分野のNGOに再就職してしまう。自分の所属する政党が選挙に勝てば、ふたたび政権に復帰して政策担当者となる。政策担当者とNGOとの間を行き来しているのだ。NGO関係者が官庁のトップに抜擢される例は、何もボリビアのような国に限らない。
  米国のEPA(環境保護庁)長官を務めたビル・ライリー氏は、WWF米国委員会の会長だった。ブラジルで環境庁に相当する環境・更正可能資源院(IBAMA)のエドワルド・マルチン総裁も環境NGO出身の研究者だ。進化した社会では優秀な人間をバリアフリーにする。やすやすとNGOや官僚組織といった垣根を越える。人的資源の効率的な配分という経済原理からすれば当然の話だ。それを可能とするかどうかが「民主化」や「経済発展」の尺度とも言えるだろう。
  とするならば、昨今のニッポン国のフリーフォール状態もまさに因果応報だ。政策担当者を生え抜きだけで固める鎖国状態と官主主義が続くなかで、人材がNGOと官庁の間を行ったり来たりできるようになるのはいつのことか。アマゾン奥地のNGOからは、ニッポン社会の民主化と官庁の規制緩和の必要が見えてくる。

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