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DATUMS 1998.02
ひとも、まちも、心に語りかける

熊谷 博子  映像ジャーナリスト

■くまがい ひろこ
 1951年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業。日本映像記録センターにて、ディレクターとして、TVドキュメンタリーの制作を開始。85年にフリーの映像ジャーナリストとして独立。各局でこれまでに50本近いドキュメンタリーを作ってきた。89年には、戦下のアフガニスタンを描いた記録映画「よみがえれ カレーズ」の共同監督。著書に『「やめたい病」にさようなら』『テレビ・ディレクター』など。


  今、私が大切に預かっているものがある。先日、神戸のポートアイランドにある仮設住宅で、90歳のおじいちゃんが見せてくれたものだ。焼けこげて、色の変わった15個の硬貨である。
  90歳と73歳のご夫婦だ。長田区の菅原市場の前に住んでいた。地震の時、倒れた家屋の中で、身動きができないまま、おばあちゃんは叫んでいた。「私はもういいから、あんただけ逃げて」。おじいちゃんは、そうはさせてなるかと、必死におばあちゃんを引きずり出した。4階にいたはずが、3階になっていた。近所の人が、壊れた窓枠をつなぎ合わせ梯子のようにして、助け出してくれた。
  病院から全部焼けてしまった家の跡に戻ったら、金庫だけがぽつんと残っていた。何とかこじあけた。虎の子のお札も、好きで集めた切手も大切に入れてあった。平成元年の入った50円玉も、記念銀貨も古いお金もあった。手を突っ込んだら、ただぐしゃっと真っ黒の紙が粉々になる中で、奥の方にその硬貨だけが残っていた。90年生きてきて、残った財産はそれだけだ。
  住宅を申し込んだが当たらない。菅原市場のまわりは今も更地がたくさん残り、さびしい。おじいちゃんもおばあちゃんも、もう昔と変わってしまった菅原市場には戻りたくない、とも思いはじめた。仮設で知り合いができた。夫を失った65歳のおばちゃんだ。その人に頼られ、出ていかないでくれ、行ったら私は自殺するから、と言われている。
  この硬貨を握りしめ、じっとしていると私の胸の中にも、さまざまに沸き上がってくる思いがある。阪神大震災で問われたことはたくさんある。防災のこともある。でも日本人全体が本当に問われたのはただ一点、“他人の痛みをいかに共有できるか”、それにつきると思う。そこがすべての出発点で、被災地や被災者への対応も自然と変わってくるのではないだろうか。
  私が神戸・長田に通うようになったのは、自分の作ったドキュメンタリー映画がきっかけだった。『ふれあうまち 向島・オッテンゼン物語』という。東京の向島と、独ハンブルクのオッテンゼンを舞台に、人々が自分たちの住むまちをどう愛し、住民の手で古いものを活かしたユニークなまちづくりをし、いかに暖かいコミュニティをつくっていくかを描いた作品だ。震災の起きた年の夏に完成した。そして東京以外で最初にこの映画を上映してくれたのは、長田であった。
  今この映画が、ますます多くの人に必要とされていることを知り、とてもうれしい。ぜひあなたも、自分の地域で上映してみませんか。

◆連絡先:シグロ 
 〒164 中野区中野5-24-16-210
  TEL:03-5343-3101、FAX:03-5343-3102

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