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DATUMS 1998.03
「65歳現役社会」への疑問

金子 雅臣  東京都労働経済局労政部

■かねこ まさおみ
 1968年静岡大学文理学部卒業後、東京都庁に入都。労政事務所、高齢者対策室勤務などを経て現職に至る。千代田区女性問題協議会委員、女性財団「ジェンダーチェック(職場編)検討委員会」委員。主な著書に『セクハラ事件の主役たち――相談窓口の困惑』(築地書館)、『女の部下を叱れない』(築地書館)、『労働相談マニュアル』(教育出版)、『外国人労働者の福祉と人権』(共著・法律文化社)他多数。


  中高年問題を考えながら、いつも疑問に思っていることは、日本の高齢者たちの異常とも思える就労意欲の高さについてである。各種のアンケートで高齢者たちは「まだまだ働きたい」と答える。そして、その理由としては、「生活費のため」という経済的理由や「健康によいから」という個人的な理由をあげる。
  「生活費のため」はともかく、働くことが本当に「健康によい」かどうかは大いに疑問がある。外国の同種の調査には、「健康のために働く」などという就労動機は見当たらない。いや、見当たらないどころか「仕事から離れることの方が健康によい」というのが常識である。こうしたことから考えると、この発想は、日本のワーカーホリックたちの抱え込んでしまっている病理の一つという気がしないでもない。
  こんな問題点も含みながらも、とにかく日本の高齢者の就労意識は高く、この高齢者の就業意欲に応えるべく本年4月より、いよいよ「60定年制法」が施行される。そして、「60歳定年」がスタートすると同時に、「65歳現役社会」に向けての取組みも開始されることになっている。こうした一連の動きを見ていると、ついつい目の前に人参をぶらさげられて、どんどんと働くことに引っ張られていっているような気がしてしまう。
  「仕事から離れる方が健康によい」と考えている私は、この定年延長が中高年の“ゆらぎ”にも深く関わってくることだと思っている。必要以上に働く期間を延長するやり方は、健康に悪いだけでなく、中高年労働者の「ゆらぎ」を促進し、一層の生活不安に追いやることになると思うからである。
  そもそも、中高年労働者の抱えている「ゆらぎ」の中心は、「果してこのまま職業生活をまっとうできるかどうか」という雇用不安である。そして、今、多くの人たちはそのまっとうすべき職業生活の目安を「55歳」から「60歳」にシフトしはじめている。つまり、「とりあえず、定年の60歳までの職業生活をまっとうすれば、つつましくとも、穏やかな老後を期待できるだろう」と考えているのである。
  その目安を一方的に延長することは、不安を抱えている期間を延長することでもある。つまり、中高年の抱える不安の年数がこうした定年年齢の引き上げによって増幅されていることが問題なのである。定年までの期間が長くなればなるほど生活の見通しを立てることも難しくなるのは当然である。
  そして、この見通しの難しさから、老後の経済的不安をますますつのらせて働くことに傾斜していくとすれば、これはもう悪循環以外のなにものでもない。そろそろ、「働かなければならない」という現実の妥当性や必要姓をもう一度見直すことが必要なのかもしれない。

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