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DATUMS 1999.02
◆カンボジア◆カンボジアの子どもたち

浅井 寿樹  フォト・ジャーナリスト

■あさい としき
 1971年愛知県生まれ。94年大阪芸術大学写真学科を卒業後、フリーとなる。学生時代より子ども、女性、労働者等、社会的弱者の視点を大切に取材をしてきた。現在「買春問題」「エイズ」「児童労働」を主なテーマとして活動している。「アエラ」「プレイボーイ」「ヤングジャンプ」「フライデー」「フラッシュ」等でフォトルポを発表している。


  カンボジアといえば、地雷”それが大方のイメージに違いないだろう。地雷問題もダイアナ元皇太子妃の突然の事故死とともに、国際問題に発展し、ノーベル平和賞の受賞で一応の結実を迎えた。その元皇太子妃による、ディマイニング(地雷撤去)作業の視察カットは、繰り返し放映され、鮮烈な印象を残した。
  事実、カンボジアには少なく見積もっても 600万個以上の地雷が埋まっている。地雷は敷設の容易さに比べ、その撤去は困難を極める。他の地雷埋設国と比べ、カンボジアは特に顕著だという。ジャングルが熱帯性気候の国土を覆う。それが地雷撤去を阻むからだ。
地雷撤去の間、住民は農耕ができない。撤去地域の住民は、代替地が用意され、そこに強制移住させられる。しかし、作付けができるような土地に移住できるはずはない。国家はもちろん援助する国際機関も存在しない。
  地雷の埋まった土地で、彼らが耕作をしてきた事実も見逃せない。命の危険を承知で、足を踏み入れなければならないほど、生活は逼迫しているのだ。
 「私の村も地雷を撤去中なの」と話す少女にタイ国境近くの売春宿で出会った。名前はマラー。そこは数年前まで難民の町だった。簡易住宅が拡がる中心には、大きなマーケットがそびえる。難民の帰還とともに商品が流入し、今は国境貿易で栄える。そして、売春宿も拡がった。ここからも、中央マーケットの大きな屋根が見える。が、彼女はそこを知らない。行ったことがない。50メートル四方のこの赤線エリアから、まだ一度も出たことがなかった。マラーは今、16歳。2年前に売られてきた。
  彼女は7人姉妹の2番目。幼い頃から弟や妹の面倒を見て過ごしてきた。そのため、学校には行けなかった。もちろん、文字は読めず、書けない。彼女の通学年齢時には、学校はなかったという。ようやく完成したのは、彼女が11歳になった5年前だった。
  教育の実情は厳しい。ある学校は、 200人の生徒にたいし、教員は3人だけ。しかも毎日授業を行なう先生は、たった1人。公務員である教師のサラリーは、15−20$ほど。これでは家族を養えず、多くの先生は副業を抱えてしまう。しかも、一日に三部授業は当たり前。それに、全学年合同の授業。毎年、同じ授業を繰り返し、先に進めない。新入生も毎年入ってくるためだ。ほとんどの生徒は、変わらぬ授業に3−4年で辞めていく。基礎教育である小学4年レベルに達する前に……。
  そして、優秀で真面目な教師ほど、その現実に失望し、教壇をおりていく。低賃金が、教員の質の低下を招き、教育の劣化につながる。教育支出は財政総支出の1%にも満たず、そのくせ、6割以上が軍事費として内戦に注ぎ込まれたという。
  カンボジアへのODA(政府開発援助)の総額は4億5300万ドルで、GNPの15%を占め、上位には日本の名も加わる。その多くは、地雷や小銃にかわったことだろう。
 マラーの2年越しの小さな夢だったマーケットに向かう。中は、天井近くまでモノが占拠している。首と目とをバラバラに動かして立ちすくむマラー。平積みの小学生用の教科書を見つけた。
  「弟や妹たちは、みんな、字が読めるのよ」マラーの稼ぐお金は、間違いなく使われているようだった。

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