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DATUMS 1999.02
◆タイ◆ 経済危機の中の安定感―一旅行者の印象

中島 久雄  労働ジャーナリスト

■なかじま ひさお
 1947年生まれ。労働問題の雑誌編集を経て、現在労働ジャーナリスト。昨年、趣味で「そば・うどんの本」を編集・出版。ブームもあって好評。


  私たちが訪れたタイ・バンコクの12月は、降雨量も少なく、一年のうちでも最も過ごしやすい季節だと言う。しかし、冬の日本からの旅行者にとっては暑く、湿気が多いバンコクは快適というにはほど遠い。
  バンコクの深刻な交通渋滞は聞いてはいたが、経済危機の中でも変化はないようだ。交通渋滞を避けて、川や運河を走る船(スピードボート)が交通手段として便利に使われている。水辺の住民は、「通勤は船」という人も少なくない。
  97年7月、タイ・バーツの急落で始まったアジア経済危機から一年半が経つ。経済危機はロシアや中南米に飛び火し、世界的なデフレ圧力を強めた。通貨安定や金利低下などアジア経済は好転の兆しはあるものの、市民の生活や暮らし、雇用・失業問題など課題は山積みしている。
  短い日程であったが、統計では分からないそうしたタイ経済の状況を肌で感じることができたらというのが、今回の旅行の目的の一つだった。
  タイ経済は90年代に入っても輸出拡大、個人所得の増加に伴う消費拡大などにより、実質GDPは8%を超える成長を続けていたが、96年は輸出の伸びが急速に低下したことを背景に6.6%に減速し、97年には通貨バーツが大幅に減価し、経済危機、金融不安が起こり、実質GDPは1.1%に低下した。失業率も95年は1.7%、96年は1.5%と低水準で推移してきたが、97年は2.2%に上昇した。
  タイのデータにはいろいろ問題があるようだが、98年春には失業者数が96年当時の約3倍の 200万人に達し、さらに最近の発表では、総労働力の8.8%にあたる 280万人となっている。失業率は今後、6%を超えることが予想されている。
  タイ・バーツの下落で表面化した経済危機はインドネシア、韓国、マレーシアに拡大し、タイを含む「東アジア新興市場経済」の評価を一変してしまった。深刻化している不良債権問題を解消し金融システムを再建することが、アジア経済の自律回復に問われている。
  タイは貧富の差の激しい国である。所得格差や農村・都市間格差は、アジアの中でも大きい。労働組合の影響力は弱く、組織率も2%程度の水準である。私たちが会見したLCT(タイ労働会議)は最も大きいナショナルセンターであるが、組合員数はわずか4万6千人に過ぎない。失業者の増大に対し、失業保険制度の検討はされているもののまだ導入されていない。最近では解雇を恐れて労働争議は減少しているが、労働に関する裁判件数は増加しているという報告もある。
  しかし、私たちが接した労組幹部や若者たちからは、経済危機に伴う深刻さは感じられなかった。若者の中には失業中の人もいたが、将来には希望をもっているように思えた。とくに女性は元気で、暗さはまったくない。これは「微笑みの国」と言われるタイの人柄なのか、それとも発展途上にある国であるからなのか。一旅行者には、経済危機の中でも一度は経済発展を経験した安定感とタイの勤勉な労働力など基礎的条件の高さを印象づけられた。

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