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宿六のひとり言―外客を迎えて30年
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講師: 飛田 克夫 氏

ジャパニーズイン・グループ会長
浅草・旅館『指月』社長
  私は浅草で宿屋をやっており、長らく外国のお客様を受け入れて参りました。現在も自分でフロントに立ち、お客様の応対をしておりますので、外客をお迎えするということについては、誰にも負けないという自負を持っております。そこで本日は外客をお迎えするということについて、私の実際の経験から考えるところをお話ししたいと思います。

■外客受け入れのきっかけ

  私どもの旅館は、私の代になってもう四十数年になりますが、その間に商売もずいぶんと変遷がありました。非常に苦しかったのはは34−5年前で、ビジネスホテルがもてはやされ、旅館が衰退していった時代だったと思います。時を同じくして週休2日制が導入され、土曜・日曜は特にお客様が少なくなり、これからいかにして商売をやっていこうかというジレンマの中におりました。そんな折、日課の観音様参りで外国の観光客が観音様のところで写真を撮ったりしているのをよく見かけました。そこで「このお客さんはどこへ泊まるのだろう?このお客さんをつかまえるにはどうやったらいいだろう?」と考え始めたのが外国のお客様を受け入れるきっかけでした。
  ちょうどその頃ソニーの井深さんが、3歳児からの英語教育というものを試みられていて、私どももその英会話教室に子供と一緒に参加しておりました。教えていただいた先生は外国人の方です。その先生は浅草の三社祭やほおずき市の時は、必ずご家族と一緒に私のところに泊まられ「日本旅館というのは大変すばらしい」とよくおっしゃっていました。そういうこともあって、外国のお客様をお泊めするということには何の抵抗も無く、それが商売を考える上で、非常に有利に働いたのではないかと思います。
  外客を受けるに当たってはいろいろな方から情報をもらったのですが、たまたま池袋で外客を受けている旅館があるという事を知り、そこのご主人にも話を伺いました。とりわけ、英文のチラシを作り、それを浅草の交番や上野駅改札の駅員さんにお願いして、外国人の方がいらっしゃったら配って頂くというアドバイスは大変役に立ちました。30年前なのでもう時効ですが、雷門の前にパンフレットを積んで置いたりもしました。その効用が現れ、時々お客様が覗きに来られ、次第に予約も入るようになってまいりました。
  当時は、日本人客や同業者からは外国人を受けるということに対し格が下がるという印象を持たれ、白眼視されがちでした。しかし私どもはむしろそれがメリットとして作用し、外国人を見たら「三河屋へ行け(その当時は指月ではなく三河屋という屋号だった)」と言われ、商売上は非常に助かりました。
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