箱根観光フォーラム'97:パネルディスカッション 
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箱根から、国内観光の活性化を考える ……Page:>>>>>6>>>>10>11>12>13>14
■マイナスを跳ね返した鹿島市の「ガタリンピック」

  まず一つ目に、佐賀県鹿島市で行われている「ガタリンピック」です。鹿島市は有明海に面した人口3−4万人ほどの市で、主力は農業です。「ガタリンピック」の「ガタ」は「干潟」からとったものですが、それまで地域のお荷物でしかなかった存在を逆手にとって、干潟で色々なアトラクションを行う「どろんこオリンピック」を始めたのです。目的は、鹿島市の第一次産業活性化のために、地域の知名度を上げたいという一点に尽きます。これを市民・民間組織である「フォーラム鹿島」が中心となって総力を挙げて取り組んでいます。「フォーラム鹿島」は青年会議所、農協青年部、漁協青年部が連携した地域振興組織であり、面白いのは市役所の職員がボランティアで関わっていることです。鹿島市には、例えば観光施設のような産業基盤を整備する場合、運営の殆どを住民に委託してしまい、それにより地域の活性化を図っていこうという姿勢があるのです。
  「ガタリンピック」の知名度は上がり、今では東京の高校が修学旅行で訪れるようになりました。そうなると、人手や資金も必要になってくる。そこで、地域の住民が一世帯5万円ずつ出し合い、約230世帯の株主で構成する株式会社「七浦」を作ってしまったのです。第三セクターつくるのは大変ですが、株式会社は資金さえあれば手続きは簡単です。現在「七浦」では、修学旅行の案内、物産館・レストランの運営を行っており非常に成功しています。まだ小さい規模ですが、観光産業育成のための住民による株式会社ということでは全国初の試みです。現在、鹿島市から出荷される農作物には「ガタリンピック」のマークが入ったシールが張られ、「ガタリンピック」がテレビで取り上げられたことで地域住民の意識は向上してきています。また、「ガタリンピック」にはアジアからの留学生を多数招いており、国際交流の促進にも一役買っているといった状況です。
■交流人口を増加させた熊本県小国町

  次に、同じ九州ですが熊本に小国町という町があります。小国町は小国杉で有名ですが、殆ど誰も知らない。日本の林業が衰退していく中では小国町も例外ではなく、基幹産業の林業が著しく衰退しました。少子化時代であり定住人口の増加は難しいため、町の活性化のためには交流人口を増加させないといけない。そこで杉を活用し立体トラスト工法という独特の建築手法により市内に新しい公共施設を建て、その中に「木魂館」という交流センターを作ったのです。「木魂館」の館長には地元タウン誌の編集長を迎え、独立採算で運営を任せました。全国キャラバン等の努力もみのり、現在では7千人の視察・交流・観光客が「木魂館」を訪れるようになっています。
  小国町のすごいところは、「木魂館」に来た人たちが町を気に入って移住を始めたことです。福岡の大学の音楽の先生、芸術家、東京からは著名ファッションデザイナーの「コシノヒロコ」さんもアトリエを作っている。また、立体トラスト工法で作ったユニークな建築物が増えることによって、大学の建築科の学生も研究で訪れるようになっています。
  小国町には優れた自然景観があるわけではありません。これだけ交流人口や移住者が増えたのは「人の魅力」を全面に出したからだと思います。実際、移住してきた人からは「自然がいいからではなく、館長をはじめ小国町の人が面白いからだ」という言葉が聞かれます。そもそも、そこにしかその人はいないのですから、「人」は最大の差別化の要因です。今までの日本人の休息のスタンダードな形態に「温泉でゆっくり」というのがありましたが、今後はその一つとして「人に会う」ことが入ってくる可能性は大きいのではないでしょうか。田舎の面白い人と話をすることは都会人にとっては非常な休息になります。しかし、その場合「面白い人」が分散していては効果はありません。そういう意味で、小国町「木魂館」は、地域と地域の中で「人」がネットワークされると観光の武器になるという良い事例だと思います。
■コンセプトを絞り込んで成功した大分県湯布院町

  「人に会う」魅力ということでは、大分県湯布院町も同様です。湯布院町は昔はあまり人が来ない隠れた湯治場だったのですが、今では非常にメジャーになっています。ここでは近隣の温泉地である別府との徹底した差別化ということを命題にしました。キーワードは「男性の温泉地―別府、女性のための温泉地―湯布院」で、女性に安全な町湯布院をアピールするために歓楽街を一切排除し、当然暴力団は徹底的に締め出しました。そしてまちづくりをリードした玉ノ湯の館主の溝口氏と亀の井別荘館主の中谷氏が自分たちのネットワークを活用して始めたのが映画祭と音楽祭であり、現在ではそれらの催しは全国に轟くまでになっています。しかし、湯布院には映画館やコンサート・ホールは一つもありません。湯布院のまちづくりは行政の力は借りず、旅館の旦那衆が独力で進めたのです。ハードの整備もさることながら、ソフト展開を重視したことが好結果を生んだのでしょう。そして、湯布院のイベントで注目したいのは、運営のボランティア・スタッフが大分市をはじめ、地域外から集まってくることであり、また町の活性化のために意識的にそのことを追求しているということです。若者が少ないと嘆くより、若者がボランティアとして集まってくれるイベントを考えた方がよほど見通しが明るくなるのです。
  今では高級旅館が増え、例えば玉ノ湯は一人一泊3−4万円するにも関わらず、年間客室稼働率は90%を超えています。これだけ高額な旅館の稼働率が高いのは何故かという問いに対し溝口氏は、「湯布院に来ると同時に私に会いにくるのです」とおっしゃる。確かに溝口氏は魅力的な人ですが、それを自信をもって全面に押し出せることは素晴らしいと思います。実際、宿泊した人とは時間が許す限り一生懸命話をしていらしゃる。今の湯布院に問題があるとすれば、それは町づくりの主体が溝口、中谷両氏のままで若い人たちに代替わりしていないことかもしれません。
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