SQUARE:2003.Winter


      〜世界遺産推薦候補地に沸きかえる知床からのメッセージ
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NPO SHINRA (知床ナチュラリスト協会) 代表理事
藤崎 達也
秋の羅臼湖を巡るガイドツアー
 環境省の世界自然遺産登録推薦リストに知床国立公園が選ばれてから、知床の玄関口ウトロの街はちょっとした騒ぎに巻き込まれている。お祭り騒ぎ(騒いでいるのはマスコミだけだが)やパニックが、地元の冷静な議論の余地を奪っていくことに、ちょっとした危機感を持っている。
 良きディスティネーションとして観光地が育っていくには、“地域の人たちによる、地域の人たちのためのまち作り”が、きちんとなされていることが最低条件だ。地域には地域に流れている独特の時間と空気感があって、旅人はその雰囲気を肌で感じ、感動する。何気ない空気感を持続することも、世界遺産に関らず地域文化の管理の中で大切になってくる。僕はその空気感を「スピリット」と呼んでいるが、その大切さを教えてくれたのが白神山地でマタギとして生きる吉川隆さんだ。



 吉川さんは、白神山地の世界遺産登録にとても大きく貢献した一人だ。彼はマタギの伝統的な生活を脅かす林道開発から山を守ろうというところから、遺産登録に深く関ることになった。しかし、遺産登録後にその心境に大きな変化があったという。
 マタギ文化としてすぐに頭に浮かぶのがクマの狩猟かもしれない。「マタギ=クマ撃ち」だと思っている人も多い。しかしその考え方は少し間違っている。マタギは狩猟採集を中心とした、東北地方独特のエコライフであり信仰であり自然文化そのものと捉えた方がよい。つまり白神山地の自然が育んだ人々の暮らしであり、マタギの文化も白神の自然そのものといってもよいかもしれない。人と自然との関係性を、細部の生活様式に至るまで、事細かな規律が語り継がれていることは、これからの自然と共存していこうという時代には絶対に必要な知恵だ。それゆえマタギの文化には、いわゆる「科学的」といわれる自然保護管理システムよりも、語り継がれてきた奥深い調節機能が働いているはずだが、世界遺産になったとたんにそういった精神性みたいなものは管理計画の中では軽んじられたそうだ。
 山の神々と折合いをつけつつ貴重な山の幸を分けてもらうという、自然と共にあるという謙虚な哲学はマタギ文化の中でとても重要な意味がある。だから、何日も山にこもるということはただ単に獲物を捕らえるためという以上に大切な手順の一つであるはずだが、管理計画では「焚き火禁止」、それ以前に「山菜の採集は禁止」と山の中にはいることそのものまでも否定されてしまった。吉川さんは「かつては世界遺産になれば全てが救われる」と思っていたが、今では「自然保護団体は、今では最大の敵になってしまったかもしれない…。」と語っていた。吉川さんは自らの生活スタイルの変化というよりも、そう言ったすぐれたエコライフスタイルースピリットが日本から姿を消すことに懸念を持っているのだろう。



 北海道にも先住民族―アイヌ民族の文化が息づいている。やはり、自然との共存を実現してきた生活様式や規範、そして祈りを大切にしてきたスーパーエコな民族だ。例えば、彼らの伝統的な踊りは大地や海の“カムイ”(神)に奉納し、人と自然とのスピリチュアルな交感の手段であるとても大切なものだが、その奥深さを充分に理解しない観光客が見ていることに個人的には耐えられない。
 観光におけるこういったスピリットみたいなものの理想的な伝達方法はないものかと考えるときに、緩衝材のように挟まるガイドの役割を再認識する。例えば踊りで言えば、身につけている衣装がどれだけ貴重なものか…、その生地を作る木は何という木で自生しているものはどのような雰囲気なのか…、どのように生地を作るのか…、さらにはその樹種が例えばシカの樹皮食いにさらされ激減している様子…、現代の私たちが考えなければならない自然環境問題…、それに対して具体的に取り組んでいること…、それら人間の業を舞いによって台地の神に報告し祈るということ…、この場にいる人全員がそういった森羅万象をシェアすることが、踊りの本来の意味であること…等々を、きちんと旅行者に伝える努力を怠ってはいけない。その役目を果たすのは、踊る本人であっても、僕達のようなネイチャーガイドであっても、バスガイドさんであっても誰でも構わない。いずれにしても語り部の機能が地域に育つことによって、不用意に地域文化を流通の力にさらけ出すことを避けることができる。



 ガイドだけではなく具体的なワークショップも有効だ。アイヌ民族とのコラボレーションでいえば、友人のアイヌ民族の若いグループと伝統的なカヌー「イタオマチプ」の復元と、そのカヌーによる伝統的な航海を実現させようというプロジェクトを3年ほど前から進めている。木を探し、船を彫るところからワークショップ等で参加者とシェアし、アイヌ民族の素晴らしい知恵や世界観を体で感じ取ってもらうしかけだ。さらにはアイヌ民族が使っていたであろう遠洋航海術(ナビゲーション技術)を再現し、博物館に入ったものではない生きた船に多くの人が触れられる機会をつくろうと思っている。













 こういった手法は、20年以上も前からハワイの先住民族をはじめ世界中の先住民族の間で定着していて、ハワイのホクレア号という双胴カヌーは、コンパスを使わない伝統航海法だけで、何とハワイからタヒチまでの外洋航海を実現させた。それは、それまで差別を受けていた先住民族に大きな自信と誇りを与える取り組みとなったと同時に、先住民族のみならず、人間が自然の中で自然とともに生きていける可能性を多くの人が実感できる素晴らしい功績だ。大切なのはそれを先住民族だけの取り組みに終わらせず、多くの人々がその功績に触れることができる壮大なワークショップだったことだ。現在では地元の大学の講座になっているこのワークショップは、地元と参加者そしてスピリットをつなぐ良き例ではないだろうか。そんな地道な努力の積み重ねから、もしかしたらあの“アロハスピリット”というものが、空気のようにハワイの島々に漂っているのかもしれない。北海道にも何かそんな一本筋の通ったスピリットを根付かせたいと思っている。



 知床は今、大きな転換期にさしかかっている。世界遺産推薦を前にしても、相変わらず大きなホテルがいくつも立ち並び、マスツーリズム全盛のプロモーションが続いている。観光産業が地域の経済を支える部分と、その経済を呼びこむいわば“原資”となる自然を守る部分、さらには地元の人が考えている自然と旅行者が考えている自然という部分とのせめぎあいが表面化してきたのだ。これまで特に観光という現場では、ある意味見て見ぬふりをしてきた自然の保護と利用について、環境省が中心となって知床国立公園の適正利用計画の策定作業をはじめている。僕も検討メンバーに入っているが、これまで話し合われていなかったことが不思議なほど、日本の観光にとって自然やそれを取り巻く地域文化といったものは全くといって良いほど大切にされてこなかった。
 しかし、ここへきてようやく正常な状態に戻していこうという動きが出てきたのだ。ヒグマが悠々と生活するなど、知床の自然は普通の生活を送ってきた人にとっては想像もつかないような野性が魅力の一つだ。

野生動物との出会いが知床の魅力
その中で人間は自らの行動を自然に合わせ律する必要がある。しかし、その術を今の人間は感覚から無くしてしまった。人と自然との関りなんて考えなくても生きていけるかもしれないが、一方では、そういった動物としてのヒトの感覚が失われていることが、現代のさまざまな凄惨な事件を引き起こしていることなどを考えると、知床での感動は今やとても貴重な体験となるはずなのである。だからこそ、環境をむしろ保護する立場の環境省であっても、ある程度のルールやマナーに則った自然体験機会を提供することには、とても積極的だ。その中で、これからの観光産業の自発的な取り組みはとても重要な位置を占めてくる。
 この「体験機会の提供」という観光の機能を見つめ直してはじめて、真のエコツーリズムを考えることができる。「自然を大切に」なんていう曖昧なスローガンは、この議論には全く通用しない。生活と自然とが一体の知床の町では自然を“大切に”していくと同時に、この先、人は自然というものとどういう関係性を維持するべきかというところまで突っ込んだ議論をしなければならないのだから。
 僕はそんな議論をする協議会の事務局を務めているが、ここでの議論はいろいろなねじれ現象を起こしている。例えば、小さな商店主など知床が好きで移住してきたような人たちは、個人中心の旅人が静かに森を楽しむ姿を理想としているが、商売においては実はマスツーリズムに頼っている面も多い。一方で巨大な大型ホテルの経営者たちは、旅行者のニーズが団体から個人に移行し、地元との温かい接点を求めるものへと変化している中で、細やかな地域ぐるみでのホスピタリティを作り出さなければとさまざまな取り組みをしている。環境省サイドでも、理想的な自然体験の提供を考え、マスツアー客の分散を我々とも一緒になって考えているのだが、そのために新たなマス対応の施設を作るとなると、「マスからエコへ」というコンセプトそのものが揺らぎ、むしろマスを助長してしまいかねない。
 そんな中で、量ではなく質への取り組みとして成長しているのがネイチャーガイドサービスだ。僕がガイドをはじめた7年前は「誰でも歩けるところにお金を払ってガイドをつけるなんて!」と誰からも相手にされなかったものが、今では知床全体で多くのガイドが活躍するようになった。
 ネイチャーガイドは単なる観光ガイドというよりも、自然の掟の中で自然を楽しむことを伝える“語り部”としての役割が大きい。ガイドたちは目の前の自然を100%利用するのではなく、その一部を利用し自然の状態に配慮しながら、語りやエンターテインメントでその部分を補うか、さらにそれ以上の魅力をお客さまに伝えていくプロフェッショナルなのだ。













 そう言ったガイディングを僕たちは単なるガイドと区別して「インタープリテーション」と呼ぶが、こういったインタープリテーションプログラムは今や知床にはなくてはならないものとして定着した。
 僕はこういったサービスをさらに発展させ、ガイドばかりでなく町を歩くおばちゃんから小学生まで、知床の町全体が知床の魅力と自然の素晴らしさを伝達するインタープリターになればと夢見ている。それが、知床の自然にあった知床らしいおもてなしだと思うし、地元の人々が発する言葉には、その地域に根ざした人と自然との関係が染みこんでいる。それはまさに「知床スピリット」と呼べるものになるのではないかと考えているのだ。



 カヌープロジェクトのことを聞きつけたハワイのレジェンドサーファー、タイガー・エスペリ(先述のハワイの伝統カヌー「ホクレア」の建造、航海に携わったひとり)が僕にアドバイスしてくれたことで印象に残っている言葉がある。

 
―急ぐな。その時は必ず来る。

 旅行会社のようにとかく流通の原理の中で物事を考えていると、企画そのものにスピードと無理が生じてしまう。流通型のマスツーリズムと違い、エコツーリズムの商品開発にあたってはこの「急がず、待つこと」が重要かもしれない。もし本気でエコツーリズム・ディスティネーションの開拓を考えるのであれば、旅行会社にはそういった忍耐を、地域にはスピリットを消費させないためにガイドなどの語り部の育成を、さらに国立公園や世界遺産などの管理サイドにおいては、地域文化を地域の人たちが自信と誇りを持って継続させていけるようなバックアップ体制がそれぞれ求められる。
 知床では、世界遺産推薦に向けての管理計画策定作業が環境省のもとで進められる。白神山地や屋久島ではそれぞれ管理計画の問題点が指摘されているが、同じ轍を踏まないよう僕も検討メンバーとして「知床スピリット」を吹きこむ努力を続けたいと思っている。
冬のスノーシューツアー
※SHINRAのホームページを是非ご覧になってみてください(編集部)。
http://www.shinra.or.jp