楽しくわかるニッポン通訳案内--No.7


(和訳バージョン)

中山 幸男
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 定冠詞は外国語学習の難所のひとつだといってよいだろう。英語ばかりでなく、フランス語にも存在する。レ・クレドール・ジャパン(Les Clefs d'Or Japan)と呼ばれる組織があるが、その名称の頭に付いているのが定冠詞である。ご存知のように、この団体はホテルのコンシェルジュ(concierge)が中核となっている集まりで、私が所属する日本観光通訳協会もそこの法人会員になっている。
 Les Clefs d'Orとは、英語にするとthe Golden Keyということになる。そういえば、彼らが胸に付けている紋章には金色の鍵があしらわれている。その意味するところは、「お客の要望の扉を開き、観光業界の未来を開く鍵」とのことである。
 過日、この団体の定例会が恵比寿ガーデンプレイスに隣接するホテルで行われた。その会合に出席したあと、同地区にある恵比寿麦酒記念館に立ち寄ってみた。入場料が無料なのでいつでも気軽に入れる。館内の展示品については以前に一通り見ているので、今ではほとんど素通り。試飲コーナーに直行するわけである。
 コンシェルジュと通訳ガイドの共通点は「よろず承りお客様係」ということで、観光案内や交通案内、レストランの紹介など、私もありとあらゆる相談や質問を受ける。飲み助の外国人客からは、

Where can I drink a lot of good beer with a little money?
 (和 訳)

などと聞かれることもある。そんなときは、

I know a great spot!
Why don't you try the Beer Museum Yebisu?

 (和 訳)

のように勧めたりする。ちなみに博物館の名前には原則として定冠詞のtheを付けるのを忘れないようにする。うっかりすると、つい落としてしまいがち。そういえば、「レ・クレドール・ジャパン」についても外国人と話すときは、「レ」を付けるのに、日本人同士の会話だと、「クレドール・ジャパン」と省略してしまいがち。




 恵比寿麦酒記念館は今まで紹介して、誰にも喜ばれた。ここではおいしいビールを6種類ほど試飲できるようになっている。試飲とはいっても有料だが、グラス1杯200円でちょっとしたおつまみも付いてくる。「1人で何杯まで」といった制限はないし、中が広いので何時間ねばっていてもいやがられることはない。










 この日は外国人の姿も目立っていた。たまたま隣り合わせた中年の男女2人連れに、

How do you like Japanese beer?
 (和 訳)

と話かけてみた。英語の学習者が会話練習のために、駅や通りなどで外国人を見つけてMay I speak with you?(お話をしてもいいですか?)などとやったりするが、あまり上手な方法とはいえない。それよりも、こうした場所でノミニケーション(=friendship over a glass of beer)をはかったほうがはるかに楽しく話が弾む。
 2人はアメリカ南部フェニックスの同郷人で、男性のほうは静岡県の浜松で英語の先生、同行の女性はその先生を訪ねて来日したということだった。

How did you find this place?
 (和 訳)

と尋ねると、Lonely planet.(「ロンリープラネット」で)という答えで、

It's the tourists' bible!
 (和 訳)

と語っていた。ちなみに、そのガイドブック(日本編)を見せてもらうと、

There are lots of good exhitits,
the best of which is the "Tasting Lounge"...

 (和 訳)

と記してあった。「ロンリープラネット」でも紹介されたとなると、もはや穴場とはいえなくなってしまったのかも……。





新宿のホテルに泊まっている客などに、恵比寿までの行き方を問われたとする。そんなときは、

You take the Yamanote Line at Shinjuku Station and get off at Ebisu Station.
 (和 訳)

のように教えてあげる。定冠詞のtheを鉄道の路線には付けるのに、駅名には付けない。このような区別はややこしいけど、そのまま覚えるしかない。読者の皆さんも学生時代に文法書で勉強したと思うが、ここでおさらいをしてみよう。



  河川、海洋、運河、山脈、群島、鉄道、船舶、公共建築物、新聞など

 the Sumida River(隅田川)、the Pacific Ocean(太平洋)、the Chidorigafuchi Moat(千鳥ヶ淵)、the Japan Alps(日本アルプス)、the Ogasawara Islands(小笠原諸島)、the Hakone Tozan Railway(箱根登山鉄道)、the Nihon Maru(日本丸)、the Ministry of Finance(財務省)、the Japan Times(ジャパンタイムズ)


※皇居:the Imperial Palace


  山、湖、港、公園、橋、街路、寺院など

 Mt. Fuji(富士山)、Lake Sagami(相模湖)、Tokyo Bay(東京湾)、Hibiya Park(日比谷公園)、Komagata Bridge(駒形橋)、Nakamise Street(仲見世通り)、Meiji Shrine(明治神宮)

 もっとも、Tokyo Bayの場合、the Bay of Tokyoという言い方もあるからややこしい。また、寺院などをいうときにも、the Meiji Shrineと定冠詞を付けていう外国人も多く、上記の分類はあくまでも原則ということになる。
 なお、固有名詞とは「唯一的に存在する事物の名称を表す名詞」(広辞苑)の意味なのだが、日本名を英訳するとそうではなくなってしまう。今、私の手元に浅草寺の英語パンフレットやガイドブックがある。その表記はというと、Asakusa Kannnon、Asakusa Kannnon Temple、Sensoji、Sensoji Temple、Senso-ji Templeといくつもの名称が存在する。定冠詞のtheも付いていたり、いなかったり。
 こうした問題は全国の至るところにあって、観光名所の誘導標識や解説板の表記などを見ても、同じ場所なのに複数の英語名で呼ばれている(例:芦ノ湖がLake Ashiだったり、Lake Hakoneだったり)。これではその土地に慣れない外国人は戸惑うばかり。これから外客誘致をはかる自治体などは、その地域にある観光対象の英語表記を統一させることから始めるといいだろう。theを付けるかどうかの検討も含めて……。