SQUARE:2001.Winter
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◆徳島県での、ろう者阿波踊り大会への参加
○○○○○○○○○○〜待ち合わせ時のトラブルなど〜


  8月11日から13日まで、徳島県で、国際障害者20周年記念行事として、阿波踊り大会が行われており、CJも参加することになった。彼の日本でのショーは17日からなので、その前に日本文化、踊りを体験してもらい、その経験をショーの中に生かせてもらえたら・・というのが今回徳島行きを実施した狙いだ。
  
徳島への出発は、来日して3日目の朝。その前日には、公演の会場確認や簡単なリハーサルを行う必要があり、宿泊先から最寄駅の根津駅で待ち合わせしたので、「明日の待合せ場所は、今朝と同じ場所でね、飛行機の時間があるから、遅れないようにね!」と電車の中で念を押して確認した。ところが、徳島行きの朝、約束の時間になっても二人の姿は現れない。5分待ったが、もしかしたら何か起こったのかもしれないと考え、走って2人が泊まっている旅館に向かった。しかし、フロントでは「10分前に大きな荷物をもって出て行ったよ」と言われた。駅から旅館までの道順は一通りしかないので、すれ違うことはありえない。再び駅についても2人の姿は全く見えない。
  
添乗経験豊かな方ならどうするだろうか? 私には、こういった場合に予想されるケースの想像力が乏しく、もしかしたら、お腹がすいて何か食べているのではないか、必要なものが出てきて買い物しているのか?などと想像したのだが、なかなか会えなかった。そうしているうちに、「もしかしたら駅の出口が2つあるのでは?」ということに気付いた。これだと思い、そちらの方向へ走っていくと、向こうからCassandraが見知らぬ日本人と一緒に歩いてくる姿が見えた。お互いに会うことができて、ほっとする間もなく、すぐにタクシーを拾って、徒町駅まで急いだ。
  
徳島には、飛行機を1便見送ることになったものの、無事に着いて、3日間現地のろう者や東京の阿波踊りグループとの交流など盛大な集いとなった。ただ、期間中、CJが転んで手をひねってしまい、鞭打ちになるなどのトラブルもあり、救急車に乗って病院へ行くことになった。救急車に乗ること、病院で通訳をすることなど、これまた私にとっても新しい経験となった。次は何が起こるのか?と不安になってしまったが、こんなにアクシデントが起こっても、いつも冗談を交し合えるCJとCassandraの「プラス思考」にはさすがに恐れ入った。

◆公演当日

  17日東京公演をスタートとして、仙台(18日)、北九州(19日)、豊田(24日)、神戸(26日)と飛ぶように時間が過ぎていった。
 
 ショーは、音声を一切付けないマイムから始まる。これを見ることによって、観客はCJがろう者だということを知る。マイムの中の「野球ボール」は、私が「イチローを取り上げて何かマイムにして欲しい」という希望を出したことがきっかけとなってCJが創造してくれたマイムだ。これには観客からの反応が大きく、うれしかった。ショーは、見るだけではなく、参加者をステージに上げて、一緒にゲームやマイムのできる体験プログラムも取り入れ、会場全体で作り上げるようなショーの運びになっている。お客様をステージに乗せる理由は、恥ずかしさを捨てて自己表現ができるようになるための練習、また障害の有無に関係なく、一緒に参加する体験を得られるように、ということにある。参加者にお願いしたアンケートの中には、これが一番楽しかったという声が多かった。私もこの内容がとても好きで、5ヶ所で同じゲームを行ったにもかかわらず、出来上がった内容はそれぞれに面白みがあり、どの会場でも新鮮さがあった。
 
 また、CJは聞こえないとは言っても、片耳に補聴器をつけることで、音楽を聞き取ることができ、音楽が大好きで、ショーの中には、音楽に合わせたダンスや、木琴を使った演奏なども含めていた。私は、19歳で失聴して以来、音楽は楽しめなくなり、いつのまにか音楽に触れることをやめていた。しかし、リハーサルの時にCJが持参した南アフリカ製の木琴をたたいてみて、ジーンと胸にはずんでくるものを感じ、思わず涙ぐんでしまった。それは、「聞こえていたときに、こんな曲を弾いていたんだった・・」というように10年以上も前の記憶が一機に蘇ってきたからだ。CJは、「何でも自分の感情をこの木琴にたたき出すとすっきりする。例えば、嫌なことがあったとき、寂しくなった時、感動したとき、どんな気持ちでも木琴に向かって思いっきり表現すると気持ちよくなるよ。」という。私も今回のことをきっかけに、私にとっての「音楽」というものについて考え直してみたいと思うようになった。音楽を取り入れたショーは、観客と一体になってリズムに乗って流れるように時間が過ぎていった。
 
 ショーが終わった後は、どの会場でもCJの周りが観客で一杯になった。「一緒に写真を撮りたい」「いやぁ、素晴らしかった。聴覚障害者にこの上ない勇気を与えてくれた」「何でも挑戦することの大切さを知った」など、うれしい声があちこちから聞こえてきた。ショーを行うための準備に反省すべきことは数多くあったものの、参加者の皆さんには喜んで頂きながら、すべての会場で無事に公演を終わることができた。







(ショーの後の慰労会で挨拶するC.J.)




(慰労会でC.J.に通訳する筆者)


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