知られざるイラクの素顔 ……Page >>>>

■バクダッドの街

バグダッド市内(写真提供:筆者)


  サダムフセインタワーから一望するバグダッドの街は定規を当てたような真っ直ぐ長い広い道が何本も走っていた。地球の、そのアジアの、そのイラクの、そのバグダッドの、その街を照らす太陽は同じ光を放っていた。誰でも共有することができる自然があった。
  
街では男も女も子供も自由に闊歩していた。全く変わらない街の風景があった。日本製の車は市中を魚のように泳いでいた。割れたフロントガラス、ドアの窓は開かず、破れた室内の傷んだ、日本ならスクラップ同然の車を走らせるタクシー運転手は「日本の車は最高だね」という。15年、20年近く前の車が走っていることにも驚くのだが、運転手は笑い返す余裕を見せていた。「どうにかなるさ、でも今はね」と。しかし、「いつかね」と言った運転手はその「いつか」のために動かなくなるまで車を走らせるのだろか。市民の足であるタクシーは手を挙げればいつでも拾える。客は車の良し悪しを選びながら、運転手と交渉し乗車する。昔はメーターも付いていたというタクシーを見ると、経済制裁の壁の厚さを実感する。
  
アジア、近隣の諸国から労働者を受け入れた、かつて栄えたイラクの面影は片側2車線、3車線の広い道路で明らかだ。渋滞することはない、整った交通整理が行き届いている。
■アラブの夜は長い

  通りにはたくさんのレストランがあり、ホテルは海外から、国内からの客を受け入れていた。団体旅行のお客だけ扱うというホテルはイランからのお客で満室だった。イラクは歴史的なモスクも数多い。イスラム教徒にとってはモスクに参拝すること、これだけでもイラクへ行く価値を見出せるといえそうだ。
  
街の商店やレストランは12時を過ぎても明るかった。夜遅くまで人々はおしゃべりを楽しんでいた。食べることへの執念、甘い紅茶のグラスを共に飲み交わすことで通じるアラブの世界の夜は長い。
  
レストランの大皿に盛った一人前の料理はいつでも食べ切れなかった。たぶん、日本人の胃袋とアラブ人の胃袋は違うと気づいたときから、店の店主は皿に残った料理を包んでくれた。パンと香ばしい肉の相性はアラブの味だ。パンを噛むとほのかな甘い味がしてくる。その美味しさを発見するまで時間はかからなかった。紅茶も日が経つにつれ、甘い紅茶に慣らされてしまっていた。
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